「性」+「事業」=「不健全」?

 昨日(2025年6月16日),最高裁判決が出され,無店舗型性風俗特殊営業を営む事業者に対するコロナ禍における持続化給付金を給付しないという国の決定が肯定されました.

 結論に対して反対であることは当然として,判決の中の多数意見(裁判官と検察官出身の裁判官4名)が,国の主張した「その健全化を観念することができ」ないという考え方を肯定したことに違和感を覚えます.

 性欲は,食欲,睡眠欲と並んで人間の本能に基づく生理的な欲求で,食欲と睡眠に関してはこのようなことを言われることはないのに,性欲だけは,常に,不健全というレッテルが貼られてしまいますし,偏見の目で見られることも当然とされています.
 自分の体のことであり,誰にとっても共通のことであるにも関わらずです.

 もちろん,性的な行為が公に行われるべきではないというのは「わいせつ」という観念の存在からも否定はしませんが,性的な行為そのものを「不健全」とするだけの直接的な理由にはならないはずです.
 食事をとる場合に,飲食すべきでない場所や場面があるのと同じ程度のことであって,その行為そのものが「不健全」とされないことと同じではないでしょうか.
 つまり,性的な搾取や虐待であったり,暴力・脅迫を伴う場合,又は,生殖行為である以上,子が誕生した場合にその養育に対する責任を負わなければならないのにそれを放棄するということなどが問題であって,性そのものがストレートに「不健全」という評価に結びつくものではないはずです.

 あるいは,性的な行為が,違法薬物と同様に中毒や依存を引き起こし,さらに国民的な勤労意欲の低下を招くという考えがあると聞いたことはありませんし,そのような事実もないと思います.そのような意味での「不健全」さも肯定し得ません.

 この点で,社会的な責任を伴わない未成年者の性交渉等は問題であるとしても,それについては,教育により対処すべきことであって,「不健全」だからと蓋をしてしまって大人になるまで目につかないようにすれば良いということではありません.
 未成年者が人として成長して大人となる以上,性について教育をしないことが正当化されないはずですし,そうであれば,性そのものを不健全評価すべきことにはなりません.

 ここまで述べましたが,ひとつ注意が必要です.
 それは,判決のいう不健全というのは,おそらく,性的な行為がサービスとして提供され,それが事業化されることを指して「不健全」ということを言っていることについてです.
 では,そのことについてどう考えるか.

 判決のいう不健全という考え方が,そのことを前提とするのであれば,飲食業や食料品の提供という食欲を満たす事業も不健全とならないのでしょうか?
 例えば,食料を得るのは基本的に自己責任であり(私はそう考えています),生きるために,食べるために家畜を殺すこと,漁をすることが容認されるとしても,他人にそれを行わせることは,不健全とはならないのでしょうか?
 動物の虐待は法律でも禁止されていますよね.
 食料の調達を自己の責任で行えというのは合理的でない以上,特定の業者によりこれを行わせ,後は,加工食品として消費者が購入できるようにすることは不健全とはならないというロジックなんでしょうか?

 それと同じように,性的欲望を満足することは,基本的に自己責任(生物としての自然発生的な求愛行動)により行うべきであるとしても,一定の場合には,それを満たすためのサービスを求め,それを提供することにより対価を受けるという関係性を認めることは許容し得ないものではないと思われます.

 その場合に,判決がいうように,この事業は「事業者が,その派遣する接客従業者をして,不特定の者の性的欲望を満足させるために身体的な接触を伴う役務を提供させ,その対価を受ける点に特徴がある。」のである以上,むしろ,それを行うにあたって,性的な搾取や暴力性などの危険性を取り去るという意味での健全化が図られるべきであって,どちらかというと,その点の国の不作為が問われるべきではないかとすら思います.
 法律のもとで事業として認め,納税の義務を課す以上は,そのような制度の整備をする必要は否定されないはずです.そこで働く人にも,パワハラやカスハラを受忍すべき義務はありませんし,当然,意に反した行為を強要されて良いことにはなりません.

 判決の補足意見が述べる「本件特殊営業は、顧客の性的欲望を満足させるための上記役務の提供を行うものであることのほか、接客従業者が顧客の指定する場所に出向いて上記役務を提供するという業務態様であることから、接客従業者において、事業者から切り離された場所で顧客から不意に意に反する身体的な接触等を求められる場合もあるものと考えられ、そのような場合を始めとして接客従業者の尊厳を害する事態が生じ得ることを否定することはできないのであって、本件特殊営業が事業内容としてそのような一面を有するものであることは無視し得ない。」のであればなおさらそうではないでしょうか.

 いずれにしても「不健全」というのは理由にならず,他の事業者と同じように,給付がされるべきだと強く思います.