2024年4月16日,事業場外みなし労働時間制の適用が問題となった事件について,最高裁が判決を言い渡しました。結果として,同制度の適用の可否について,再度,審理させるべく福岡高裁に差し戻しました。
その中で,最高裁は,次のようなことをその理由としています。
「しかしながら,上記①については,単に業務の相手方に対して問い合わせるなどの方法を採り得ることを一般的に指摘するものにすぎず,実習実施者等に確認するという方法の現実的な可能性や実効性等は,具体的には明らかでない。上記②についても,上告人は,本件規定を適用せず残業手当を支払ったのは,業務日報の記載のみによらずに被上告人の労働時間を把握し得た場合に限られる旨主張しており, この主張の当否を検討しなければ上告人が業務日報の正確性を前提としていたともいえない上,上告人が一定の場合に残業手当を支払っていた事実のみをもって,業務日報の正確性が客観的に担保されていたなどと評価することができるものでもない。」
下線は私が引いたものですが,要するに,理由が一般的抽象的すぎて,本当かどうかが怪しいということを言うものです。だから,もう一度,審理をし直すべきだという判断が示されたものと理解できます。
裁判では,一般的抽象的な理由で一方に不利益を課す場合が多くあります。
具体的な事実や証拠に基づくことであればやむを得ないのですが,裁判官として,何らかの理由を付して,自己の判断に説得性を持たせようとするために,抽象的なものであっても理由として付けるのだと推測します。
私も,行政職員として,許認可等を判断してきたこともあるため,気持ちはわからなくはありませんが,これにより不利益を課される方は,やはり納得できない気持ちにしかなりません。
裁判は,神様しかわからないことについて判断を求められることがあり(刑事裁判での故意や責任能力などは特にそうです),裁判所はその判断から逃げることはできませんが,わからないことはわからないという前提で判断することも良いのではないでしょうか。
その場合,刑事事件では,「疑わしきは被告人の利益に」という言葉があるように,多くは,無罪につながる結果となり得るものと思われますが,それでも,冤罪を生み出すよりは,価値があると思います。
民事事件でも,証拠による裁判が基本とされる以上,それはやむを得ないものであり,裁判官の想像で判断されるよりは,より説得的ではないかと思われます。
上記最高裁判決は,そのような一般的・抽象的な理由だけで業務日報が正確だという判断をして,使用者に不利益を課した判断に誤りがあるとしたものです。最高裁も常にそのように,具体的な理由づけを求めるものではありませんが,そのような観点で,判決の質の向上が図られればと考えます。
もちろん,そのためには,弁護士の適切な活動や技量が影響することはそのとおりだと思いますので,改めて,能力を高め,技術を磨くよう心がけたいと思います。