自民党大会で,「国民政党」という言葉が用いられたと聞き,かなりの違和感を覚えました.
新聞では,とある学者さんが,自民党のいう「国民政党」の意味について,彼ら自身は自らは保守だと名乗るものの,特定の政治的イデオロギーを有しない,政権を取りたい人たちが集まっている政党であると述べていました.
そのため,国民政党としてあるために,その政策において国民の中に利害関係を生じさせない(経済的に不利益を被らない)ことが必要となるということも書かれていました.
そのように聞けば,国民の誰もが損をしない,不利益にもならない将来が期待できるようにも思われますが,ここ最近の政治の動きを見ると,本当にそうなのかと思えてしまいます.
具体的には,国家情報局を創設し,スパイ防止法を制定し,国旗毀損罪を制定するということは,どこかの国(の政党)と同じようなことを考えているとしか,思えてならないということです.
とある国民が,「国民政党」と異なる意見を有する場合,そのような「人物」として情報が収集され,これが外国との関わりを少しでも有するように理解されてしまえばスパイとして扱われ社会から排除されかねないということです.
行政にいた頃,ほんの少しですが,社会内の各種団体の情報収集を行う方々と接する機会がありましたが,結局は,政権に対する態度がどのようなものかということで区別されて認識されていました.
国家情報局の集める情報は,おそらく,そのような観点で収集され集約されるはずですし,場合によっては,警察権及び司法権の行使に繋げ,犯罪者として社会から隔離することも容易に行えるはずです.
さらに,国旗を毀損しなくとも,同毀損罪を制定することで,暗に,「国」への忠誠を誓わされているように思えないでしょうか.
そして,政治的行為ではないと言い張っていますが,自衛隊員が制服で党大会に参加し,「国家」を歌ったということは,自衛隊も,自民党のための防衛力(軍隊)であるという認識を示したともいえそうです.
つまり,場合によっては治安維持という名のもとで,自民党のために,国民に対して実力を行使するということもあり得るということです.
ずいぶん以前のことですが,当時の防衛大臣が都議会議員選挙で自民党所属議員の応援演説で「防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてもお願いしたい」と発言したことが思い出されます.
政党である以上,政権を取ることを目的とすること自体は否定しません.
しかし,政権をとったその先において,他者(自分達と意見を異にする国民)が存在しないか,あるいは排除されるべきとの考えに基づき,自らを「国民政党」と名乗るのであれば,日本もいずれ,ロシアや中国のようになってしまうのだろうと思えてなりません.