高級腕時計

 高級腕時計が高値で取引され,更には,これに関連する詐欺,強盗が起きているという記事に接しましたので,このことについて少しだけ.
 結論としては,私が時計職人であれば,時計の価値を評価してもらえることは喜ばしいと思えても,このような状況を望むことはないだろうと思います.そして,これらの時計が,本当に腕時計を愛する方のもとで,より長く使い続けてもらえることを望みます。

 私が好きな自動車メーカーの一つにスズキ自動車があります.
 同社のものづくりにおいて,良いものをより長くお客様に使ってもらえるようにという考え方があるようです.
 私としても,良いものを長く使いたいという考えが強く,そのため,物を選ぶときには,「良いもの」の基準として機能性を重視した上で,長く使うことができるものを選ぶようにしています.

 しかしながら,この考え方(特に,「より長く」という点)は,製造企業としてはあまり利益にならない考え方です.
 高度経済成長期のように,作れば作っただけ物が売れるという状態が製造企業にとっては利益になりますが,作った製品が長く使われ,買い替えられることがなければ,いずれは,新たに作った物が売れない状況に至ってしまいます.
 この点で,スマートフォンの製造企業を批判するわけではありませんが,2年ごとに新機種が発表さ買い替えを促す状況を見れば,「良いものを長く」ということとは対極的であることがよく理解できると思います(もちろん,そこには機能面での進化が伴うため,一概に批判できることではありませんが,一般人からすれば,そこまでの機能がなくとも十分だという場合が多いように思われます.).

 そうだとすれば,「良いものをより長く」という考え方で作られる製品というのは,それが愛されて長く使われるようにという強い思いが込められているのだと思いますし,だからこそ,「物」それ自体が高く評価され,それに見合った価値が与えられるのだと思います.
 おそらく,高級腕時計と言われる時計を作る職人も,同様に「良いものをより長く」という考えで一つ一つの製品を作ったのではないかと思います.

 そのため,時計職人としては,その時計が高く評価され世代を超えて長く愛用され,それとともに価値が上がること自体は歓迎しても,単に資産運用であったり,投機の対象として取引きがされ値段が釣り上がること自体は望んではないだろうと思います.
 値段だけは上がり続けながらも,時計として使ってもらうことなく(美術品のような観賞用にするならまだ理解できますが),更には強盗や詐欺といった犯罪の対象となることで,本当にそれを時計として使いたい人の元には届けられることがないという状況は,時計の側からしても,それを作った職人としても本望ではないはずです.

 私自身,時計にお金をかけることはしませんので,高級腕時計を購入することもそれを使用することもまずありません.そのため,高級腕時計の愛好家等に対してその価値観を共有することはありませんが,高級腕時計をめぐるマネーゲームに対して嫌悪感を有するのであれば,その点では,大いに共感できるように思います.

 時計職人の技術とそれによって生み出された腕時計が適正に評価され,それらを愛する方々が,これを適正な価格で購入できる状況に戻ることを祈りたいと思います.
 

性風俗業にも持続化給付金を!

 コロナ禍の際,多くの中小規模事業場に対して,持続化給付金が支給されました.しかし,風営法上の性風俗産業に対しては,これを支給しないものとされています.
 現在,支給を申請しながらも不支給とされた性風俗産業の事業者等が,この不支給処分を争って訴訟をしています(私はこれには何も関わってはいません).
 ここでは,そこでの理由について,少し考えたいと思います.
 私の意見としては,不支給処分(あるいはそのような立法)は不当な差別として無効とし,給付すべきだというものです.

 裁判における国の主張は,性風俗業を「性を売り物とする本質的に不健全な営業とされ,社会一般の道徳観念にも反するものとされている」というもので,かなり露骨な表現を用いています.これに対して裁判所は,次のように述べています.

 「客から対価を得て一時の性的好奇心を満たし,又は性的好奇心をそそるためのサービスを提供するという性風俗関連特殊営業が備える特徴が多くの者が共有する性的道義観念とは相容れないという考え方がある」

 裁判所は,このような理由から,不支給とすることも不合理ではないと述べています.一見すると,「性を売り物とする本質的に不健全な営業」という表現は,否定し難いとも思われます.

 そもそも論として,性について,金銭等と対価的な価値を置くこと自体,私としては否定的です.そのような意味では,性風俗産業の存在それ自体に何の問題もないとは考えません.

 しかし,上記のような国の主張や裁判所の判断からすれば,「不健全」という言い方をしているものの,実際には特定の人に対する差別的な価値観に支えられているように思われます.
 つまり,そこでサービスを提供して収入を得ること(営業・事業)それ自体を,社会的に問題のあるものとして認識しているというだけでなく,そこで働く方(多くは女性だと思います)のことを社会的に低いものとみなす,そのような価値観に基づいているのではないかということです.
 そして,そのように考えに立ってしまえば,その先にある,不支給処分による効果,つまり収入が絶たれることにより生活が困窮し,人としての生命すら脅かされる事態が生じうるという現実にも目を向ける必要がなく,不支給処分を容認するという結論を導くことが容易になってしまいます.

 しかし,それで良いのでしょうか?

 裁判所の述べる,「不健全」という言葉は,よくよく考えれば,そのような実体があるかどうかも怪しい,抽象的な言葉上も問題だとも言えます.「考え方がある」というのはまさにそのことを示しています.法律上認められている事業でありながら,そのような抽象的な理由で差別することに理由があると言えるのでしょうか.

 そして,不支給処分による効果は,そこで収入を得て生計を立てて暮らしている人からすれば,生きていくことそれ自体を否定されるに等しいともいえます.そのような抽象的な理由だけではなく,さらに踏み込んで,そのようなことにも目を向けた上で,不支給処分とすることの是非が判断されるべきです.

 20年以上前に読んだ雑誌には,とある国の娼婦のことが載っていました.
 その方は,目が見えない方で,写真からみた感じでは,当時の私(20歳)からすれば,かなり年配の方のように見えました.
 記事の中で,彼女の1日について記載がされていましたが,仕事をして収入を得た後は,自分の食事と,町に住み着いた野良猫の餌とするために魚を買うのが日課だと書いてありました.
 その方は,目が見えない(全盲かどうかまでは分かりませんが,掲載されていた写真はどれも目を閉じていたものだったように記憶しています)ということもあり,年齢的なものもあり,また,その国のその地方の産業の状況などからしれ,おそらく,そのようにして生計を立てるしかないのだと思います.
 しかし,それにより得られた収入によって,その方は確かに生活をして,自分の人生を生きています.

 今回,給付金が不支給となった方々がこの場合と異なるかというとそうではないはずです.そこで得た収入で生計を立てています.
 性的なサービスの対価が発生する以上,「人」というものがお金で換算されてしまうという意味での不健全性はあるとしても,それが本人の生活費となり,子供の養育費となることを考えれば,それ自体に価値をつけることはできません.
 子供が必要十分あ養育と教育を受けて健全に成長し,人類の将来を担うことを考えれば,その価値はプライスレなはずです.そこには「不健全」などという評価があてはまることはありません.

 この点で,「援助交際」という言い方で未成年者による事実上の売買春が問題となった時期がありましたが(今でも同様なことはあるとは思いますが),そのことの何が問題かといえば,そこで得た収入が高級なブランド品の購入など,その人の生活に直ちに必要とは言い難いものに充てられていたことだと私は考えています.
 生活に困窮しているわけではなく,そのようにしてでも収入を得なければ学校に通えないというものでもなかったはずです.
 コロナ禍で,この事件の性風俗産業で働いている方の置かれていた立場とは大きく異なるはずです.このような場合があることをもって,不支給とする理由には当たりません.

 まして,性風俗産業は,客を食い物にして収益を上げているものではありません.違法薬物の販売やマルチ商法など,消費者を喰い物にするものや,暴力を背景に便益をを要求する反社会的組織とも大きく異なります.
 そのような意味での不健全性があるとも言えません(もちろん,人身売買の温床となりうることは否定しませんし,そのような意味での「不健全」性を内在するということであれば,大いに問題と考えますが,ここでの議論は,そのことは別問題です.).

 以上のような理由から,私としては,不支給処分については取り消されるべきだと考えるところです.

(離婚)「揉めてはいませんが」

【相談内容】
相談者:離婚の相談をしたいのですが,可能ですか?が,どうしたら良いでしょうか?
弁護士:あまり力を入れている分野ではないので,一般的なことであれば可能です.
    また,特別な理由がなければ,代理の依頼をお受けしないと思います.
相談者:揉めてはいませんが,私に代わって交渉して欲しいんです.
    お互いに離婚はして良いいんです.
弁護士:何を交渉するのですか?
相談者:養育費です.

【回  答】
離婚の事件では.離婚それ自体について,双方が離婚する意向を有していても,親権やお金(養育費,慰謝料,財産分与)で合意ができていなければ,すぐに離婚できないと思った方が良いです.

ですから,上記の相談者のケースは,すでに「揉めている」事件といえます.
経験上,すぐに解決(離婚)に至るとは思われません.

ごく稀に,離婚だけ先行して行い,引き続き,養育費について調停で話し合いを行うようなケースもありますが,稀なケースです.

離婚しない限り,婚姻費用の分担をする必要があるため,費用を負担しなければならない当事者からすれば,離婚して身軽になってしまいたいとの動機を有することとなります.そうすると,養育費を多くもらいたい側の当事者にとっては,十分な養育費の合意を取り付けやすい状況にあるといえますので,容易に離婚しない方が良いとの考えに至りやすいことになります.

このように,離婚する際の条件を協議するためには,双方のメリット・デメリットを考えながら協議が進みますので,お金を含む条件の交渉を含む場合には,とてもとても「揉めていない」とはいえません.

遠方の〇〇地裁に提訴

【相談内容】
会社のホームページに掲載した写真が,フリーの素材だと思っていたら,著作権侵害だということで,損害賠償請求すると連絡がありました.
知らずに使ってしまったのは申し訳ないのですが,賠償に応じなければ,私の居住地から遠方にある東京地方裁判所に提訴するといわれ,半ば脅しのように聞こえますが,どうしたら良いでしょうか?

【回  答】
いわゆる「管轄」の問題ですので,その賠償を求める方が,管轄が認められる裁判所に提訴すること自体を止めることはできません.しかしその場合であっても,どこの裁判所に管轄が認められるかは,意外に重要な問題ではあります.

もっとも,最近の民事裁判は,インターネット回線上で,ウェブ会議により行われることがほとんどですから,仮に東京地方裁判所に提訴されたとしても,実際に東京地裁まで出向かなければならない事態は,それほど多くは生じないと思われます.

当事務所でも,労働審判ですが,東北地方にお住まいの依頼者の事件について,仙台地裁と福岡県にある当事務所とをウェブで繋ぎ,期日に臨んだことがあります.

もちろん,証人尋問が行われるような場合には,実際に裁判所まで出向く必要がありますが,ご相談の事件に限らず,多くの事件では客観的な証拠が重要となることがほとんどで,証人尋問まで行わなければならないことは割合としては少ないはずです.

また,仮に居住地から遠方の裁判所に提訴されたとしても,審理する裁判所を変えることができる場合もありますし,裁判所も,当事者が出頭のために長距離の移動を要する場合には,そのことも考慮して審理を進めてくれることが多くあります.
その事件事件で,対応が異なってくると思いますので,詳しくは弁護士にご相談ください.

労災保険と自賠責保険

【相談内容】
 通勤途中に交通事故に遭いました.
 相手の保険(自賠責・任意)と労災保険は,どちらを使えばよいでしょうか?

【回  答】
 結論としてはどちらに対して,請求しても構いませんが,どちらにも請求して,二重取りすることはできません.

 労災保険に先に請求し,保険給付がなされた場合,労災保険(国)が,あなたが相手の保険会社に請求できる権利を取得し,あなたに保険給付した範囲で,相手の保険会社に保険金の支払いを請求することとなっています(労災保険法12条の4). 

 反対に,保険会社に請求し,賠償を受けた場合,保険会社から労災に対して請求をすることはありません.理由は,あなたに対する賠償をすべき立場にあるのは加害者(及び加害者の契約した保険会社)だからです.

 そのため,どちらから先に請求をしても構わないということになります.

 もっとも,労災における休業(補償)給付等については,労働福祉事業として,特別支給金というものが上乗せされて支払われることとなっています.そのため,加害者の保険会社から賠償を受けた場合であっても,特別支給金は,これとは異なるものとして,労災保険から給付を受けることができます.

 なお,労災から年金給付を受けられるほどに重篤な後遺症が残る場合や,不幸にして事故でお亡くなりになり,年金(障害又は遺族)の給付を受けられる場合には,どちらにも請求しておくことをお勧めします.
 理由は,保険会社から全額の賠償を受けたとしても,一定の時期をすぎると,労災保険から年金が支給される運用となっているからです.実際にそのような状況に遭遇したときは,労働基準監督署の窓口に行き,どのような取り扱いとなるか説明を受けて,労災の申請もなさってください.

退職代行・給料の口座指定

【相談内容】
退職代行業者が,従業員に代わって退職を伝えてきたのですが,本当に,退職と扱ってしまって良いでしょうか?
また,最後の給料について,従業員名義ではありますが,会社に届け出てある口座とは別の銀行口座への振り込みを指定してきましたが,振り込んでしまって良いのでしょうか?

【回  答】
いずれについても,慎重に判断し,特に,給料の支払いについては,会社の事務所で直接支払うから取りに来てもらうようにしたほうが良いと思われます.

1,退職について

原則的には,従業員本人から退職の申出を受ける必要があります.
その退職代行業者が,従業員本人から委任を受けていることが明らかであればそれでも良いのですが,後々,退職の申出はしていないと言い出されても困りますので,可能な限り,本人から退職届の提出を求め,それを待つべきです.

2,給料について

給料は,本人に直接支払わなければなりませんし,第三者に支払ってしまった場合であっても,本人から支払いを求められれば,支払いを拒めない場合も想定されます.

確かに,指定された口座が従業員名義であれば良いようにも思われますが,従業員本人がそれを指定したわけではありませんし,同姓同名の別人の口座である可能性も否定はできません.
まして,従前から届出のあった口座とは別の口座が指定されたことも,従業員本人からそれ相応の理由について説明がされない限りは,疑ってかかるべきです.

そのため,従前の届出のある口座に振り込むことも考えられますが,これら一連の出来事を踏まえれば,従業員本人へ確実に支払うために,直接手渡しで支払うことが確実と思われます.

従業員が作業手順を守らなかったときなどの対応

【相談内容】
従業員が,作業手順を守らなかったことで,備品が壊れただけでなく,別の従業員が怪我をしそうになるなど,大変危険な状況となりました.
その従業員は,普段から作業指示を守らないことが多く,今回ばかりは何らかの(懲戒)処分をしなければと考えています.
処分をするにあたり何か注意をすることはありますか?

【回  答】
まずは,その従業員から,今回の件について業務報告(書)を求めましょう.

懲戒処分となれば,予め弁明の機会を与えるということなど,注意すべきことはありますが,まずは,処分をどうするか,懲戒処分の方向で処理するかどうかの判断のために,事実関係を押さえておく必要があります.

その場合,当の本人から,事実関係について報告を徴取しておくことが後々のためを考えれば有用ですので,報告書の作成を指示し,提出を受けておくことが望ましいです.理由は,後々,何らかの処分が検討されていると知るに至れば,そのようなこと(例えば,作業手順を守らなかった,別の従業員が怪我をしそうな状況にはなかった等)はなかったと,事実を否定する可能性があるからです.

そして,報告書を作成してもらうにあたっては,①そのときの客観的な状況(作業手順を守らなかった,別の従業員が怪我をしそうになったこと)が生じたことだけでなく,②そのこと(作業手順があることを知っていてそれを守らなかったこと)をわかっていた,認識していたことも含めた内容にしてもらうべきです.

この②については,「うっかり間違えました」ということであれば,単なるミスということになりますが,わかっていながら手順を守らなかったということであれば,単なるミスではなく,その責任は重くなることは避けられません.

これについては,人の内面の状況(主観)ですので,後で容易に覆すことが可能な場合が多くありますので,それについて,報告書の提出を求める段階で認めさせておくことが後々の処分の内容を決定するにあたって,手続的にも重要となります.

腰痛や肩こりは労災になるか?

【相談内容】
長時間のデスクワークで腰痛や肩こりがひどいのですが,これは,労災にならないのでしょうか?

【回  答】
難しいと思われます.
理由は,日常生活や加齢の影響から業務の影響を明確に区別した上で,業務により疾病に罹患したと判断することが難しいからです.

仕事中に,何かに衝突され腰を痛め腰痛を発症したような場合であれば,業務によること(業務起因性)が明らかですから,労災と認められる場合は多くありますが,そのような出来事がない場合に腰痛を有するに至ったとしても,これが業務によるものと認められることは難しいと思われます.

また,頸肩腕症候群のような上肢障害についても,厚生労働省により「上肢障害の業務上害の認定」に考え方が示されており,その中で,「腕や手を過度に使用する機会は,仕事だけでなく家事や育児,スポーツ といった日常生活の中にもあります。また,上肢障害と同様の状態は, いわゆる『五十肩』のように加齢によっても生じます。」と示されていますように,その上肢の反復動作や過重性があるものしか認めないものとされています.

もっとも,基礎疾患を有しているとき,それが業務により著しく悪化したといえる場合には,事情が異なってきます.
腰痛ではありませんが,基礎疾患として有していた喘息により,発作を起こし心臓停止に至った事例について,労働基準監督署はこれを労災と認めませんでしたが,裁判所(東京高裁平成24年1月31日判決)は,慢性的な過重な業務により,喘息が自然の経過を超えて悪化したと認め,労災と判断したものがあります.

疾病の発症が業務によるものかどうかは,医学的な意見を参考に判断される場合がほとんどです.みなさんの抱える身体の不調について,それが仕事によることが強く疑われ,労災の申請を検討する場合には,まずは,医師にご相談してみるのが良いかもしれません.

病気を理由に解雇されることはありますか?

【相談内容】
とある病気に罹っていることが発覚し,仕事を休んで治療を受けることになりました.病気を理由に解雇されるのであれば,自ら退職しようかと思いますが,そのようなことはありますか?

【回  答】
特殊な事情がない限り,「病気」を理由に解雇されることは基本的には考え難いですが,その治療により出勤できないことを理由に解雇ないし退職となる場合はあり得ます.ただし,有給休暇があればそれを取得し,休職制度があればそれを利用することにより退職を免れうる場合があります.

雇用契約は,在宅勤務もありますが,いずれにしても就労することが従業員の義務とされていますので,その義務を果たせなければ,いわゆる債務不履行となり,解雇ないし退職扱いとされる理由となります.

例えば,能力不足を理由に解雇され,それが有効と認めら得る場合はなかなかありません.理由は,その能力不足が債務不履行と言える程度と認められるかどうかという判断はかなり難しいからです.言方を変えれば,会社がそのことを証明することが難しいということです.

それに対して,出勤できず就労できないということは,一義的に明瞭であると言えます.ですから,無断欠勤が続くような場合に,それを理由とした解雇は比較的有効と認められやすいと考えられます.

これと同じように,病気が理由であっても,出勤して就労することができないことは従業員としての義務を果たすことができていないものといえますので,このことは解雇ないし退職の理由となってしまいます.

もっとも,会社によっては,「休職」という制度を設けているところもあり,再び勤務できるまで休職として扱い,一定の期間は解雇ないし退職を猶予してくれる場合があります.

ご相談のケースでは,どのような病気で,今後どの程度の休業を要するかはわかりませんが,自ら退職を選ぶ前に,会社に説明をして,休職として退職を猶予してもらえるかどうか,問い合わせをした方が良いと思われます.

新規に従業員を雇用したときにやっておくべきこと

【相談内容】
新たに従業員を雇うにあたり,身元保証書の提出を求める予定ですが,その他に何か提出を受けておくと良いものはありますか?

【回  答】
「就業規則について説明を受けました」旨の申出を一筆もらっておくことをお勧めします(貴社に就業規則があることが前提です.).

理由は,会社内で就業規則が周知されていなかったという理由で,その効力を否定されないためです.

会社において,なんらかの処分等(解雇,懲戒処分,配置転換,転勤命令等)を行うとき,就業規則がその根拠となる場合がほとんどです.
このとき,労働事件として,解雇等の効力が争われることがよくありますが,その際に,就業規則が周知されていなかったという主張がされることがよくあります.

裁判において,就業規則が周知されていなかったという理由で,その効力が否定されるケースはあまり見かけませんが,その裏側では,周知されていたことを裁判所に理解してもらうために,会社側で主張・立証が行われていることがほとんどです.

労働事件で,会社と従業員とが争う場合,解雇の理由の有無等が中心的な争点として双方から主張立証をつくすべきところ,そのような前提問題で労力を取られるのは,お互いにとってかなりの無駄な作業とも言えます.

そのため,そのようなことが争いとならないために,予め,雇入れの際に,就業規則の存在と保管場所について説明を行い,「就業規則について説明を受けました」と一筆もらっておけば,「周知されていないから無効だ」という不毛な争いが生じることはほぼ避けられるはずです.