私自身,実質的な理由なく,些細なことにこだわることが多くありますが,それが自分の負担や不利益になるだけであれば良いとしても,これが他の方に影響が及ぶ時は,当然ながら自制します.
高市さんが進めようとする憲法改正について,その理由を辿れば,精神論にしか結びつかず,それが何を意味するのか十分に説明がされていないように思われ,非常に,危ういものと感じています.
例えば,私は読点として「,」を使って文章を作成しますが,多くの方は「、」を使うものと思われます.
他の弁護士と一緒に仕事をして,共同で書類を作成する時に,どちらに統一するかという問題に直面しますが,私としては,結論はどちらでも良いので,そこで不要な争いをする気はありません.
「,」と「、」のどっちを使ってもそれによる効果であったり,何か機能が損なわれることがないからです.
にもかかわらず,それを争うことで,理由なく不毛な時間を使うことはしません.
私が普段から「,」を使う一応の理由はありますが,自分の用法を(絶対的に)正当化するだけの理由ではありませんし,むしろ,精神論のようなこだわりにしかすぎません.それを理由に,「,」を他者に押し付けることはしません.
けれど,例えば,他の方が,次のような一文を作成したときは,間違いなく修正するよう求めます.それはなぜか?
「私は,泣きながら踊る彼女を見た」
理由は,一義的ではなく,誤解を与える可能性があるからです.
これを読んだ方は,「私」が泣いていると認識する場合もあれば,「彼女」が泣いていると認識する場合もあるはずです.
この文章によって,読み手に伝わる事実が私が伝えようとする事実と異なって認識される,あるいは伝わらないということになれば,文章の有する意思や事実を伝えるという機能と,読み手が文章を読んでこれを認識するという効果が損なわれてしまいます.
仕事柄,あえて,依頼者に不利益な事実関係を曖昧にすることはあるとしても,言葉,文章というものが意思や事実を伝達するための道具である以上,その機能,効果が損なわれ,更には,裁判で不利な判断をされてしまうことは絶対的に避けようとします.
高市さんは,「時はきた」という,やや勇ましくも聞こえる言葉で憲法改正への意欲を示し,党内のみならず,国民を囃し立てています.
しかし,その理由というのは「押し付け憲法論」であったり,「日本のこころ」であったり,あまりにも抽象的な精神論ばかりです.
今の憲法の有する機能や効果をどのように認識するのか,更には,それを改正する理由として,どのような機能や効果を新たに求めるのか,そのためにそのような改正を必要とするのか,実質的な理由がほとんど見えてきません.
憲法は,権力を縛るものです.
ホルムズ海峡に自衛隊を派遣せずに済んだ(政府がそうできなかった)のは,憲法(9条)が,そのような判断を政治家・権力者に制限するという機能を有することと,それによる効果の現れです.
トランプさんの要求に応じて,機雷のある,更にはミサイルも飛んでくるであろう海域に自衛隊を派遣できるようにするために憲法を改正するというのであれば,国民に対し,正面からそのように説明して,信を問うべきでしょう.
例えていえば,アメリカとの関係で,イスラエルのような国家を目指そうとするのであれば,そう説明すべきでしょう.
さらに,自衛隊を憲法に明記する理由も,自衛隊の(国民の?)「誇り」を守るというもののようです.憲法に自衛隊を規定することで,自衛隊が出来ること,出来ないことにどのような変化が生じるのか,あるいは,どうしてそのような改正を必要とするのか理由は明らかではありません.
そのような改正を行うことで,集団的自衛権の行使を可能にして,他国の戦争に加担するために,派遣された自衛隊員に対し,誇りを持って任務を遂行せよと命じるためなんでしょうか.
すでに安保法制により存立危機事態となれば集団的自衛権が行使できるだけの法整備はされているはずですので,そのために憲法を改正する必要はないはずです.
そうだとすれば,やはり,精神論ですよね.
特に,高市さんは,憲法の全文にある平和主義を規定した箇所を指して「非常におめでたい一文」と述べたことがあるようですが,あまりにも,精神論的な短絡的発想だと私は思います.
憲法前文が平和主義を基本的な原則として掲げ,その理念のもとで,日本が国際社会の安全・安定のためにどのような役割を果たすべきかと考えた時,これが自衛権の放棄を意味するかのような解釈(非常におめでたい一文)にしか繋がらないというのは,現在の憲法に対する理解の乏しさを疑わざるを得ません.
私自身,憲法前文の平和主義や9条について,日本が丸腰になることを意味するものとは考えていませんし,国の自衛権は認められるという理解もあり,最高裁において,自衛隊が違憲であるとの解釈は示されていません(反対に,合憲との判断も示していません.).
防衛予算が膨らむことは,本来的に歓迎はしないとしても,昨今の世界情勢を見れば,全く反対するつもりはありません.現実的な対応は当然求められます.「核」の保有等についても,議論自体を不要とは考えません.必要ならば議論はすべきです.
高市さん自身が,今行おうとする憲法改正により,何がどのように変わるのかについて,今一度,憲法についてよく理解して,これに臨むべきではないでしょうか.
「こころ」などの精神論を改正の理由に掲げ,SNSを駆使して国民投票の結果を誘導するようなことを考えているのであれば,あまりにも,首相としてノリが軽すぎます.イタリアの首相を見習うべきように思います.