犯罪は割に合わない

 最高裁判所のホームページに,最高裁及び下級裁判所の裁判例の速報が掲載されます.
 職業柄,毎朝,新たな裁判例が掲載されていなかチェックし,最高裁判決であれば基本的には全文,下級審判決であれば,関心の高い分野については基本的には全文を,そうでなければ概要が把握できる程度に読むようにしています.

 ただ,裁判所がどのような基準で裁判例を掲載するのか,そこにどのような意図があるのかがよくわからないというのが正直なところです.

 サイトをチェックするようにし始めた頃は,実務家ないし社会一般に対して,裁判実務における判断の大まかな方針などを示して誘導するために行っているものと思っていました.

 例えば,確か昨年だったと思いますが,酒気帯び運転で交通事故を起こし免職となった公務員が,その退職金の全額不支給とした処分を争った裁判がありましたが,最高裁は全額不支給とすることを容認しました.
 それまでは,私自身,公務員を含め,懲戒解雇・免職となった場合であっても,それを理由に退職金全額を不支給にすることはあまりないように考えていましたので,社会の価値観の変容が司法判断にも及んでいることを示すために,裁判例が掲載されたものと理解していました(もっとも,最高裁の判断ですので,当然のものとして掲載されたというのが事実だと思います).

 ただ,最近は,一概にそういうわけではないような印象を受けています.
 例えば,要旨,次のような刑事事件の判決が掲載されていました.

 この事件は,被告人(犯人)が警察官だったということが特徴的ではありますが,私の感覚からすると,それ以外に判断や量刑で特筆すべきことがあるようには思えません.

 ただ,改めて思ったことがあるとすれば,軽率な行為は慎むべきだということは当然のこととして,何よりも,

 「犯罪は割に合わない」

 ということを改めて思ったところです.

 これは,弁護修習の指導担当弁護士が言っていたことで,とても的を射ているため,私もよく使わせてもらっています.ただ,それと同時に,「はぁ」と胸の中でため息をついしまうのですが,この裁判例を読んだ時も,「執行猶予がついてよかったね」とは思いましたが,やはり,「割に合わない」と思い,「はぁ」とため息をついてしまいました.

【裁判例】
・主文
 懲役2年,執行猶予3年

・罪となるべき事実(窃盗,住居侵入)
 ① 女性用下着を窃取する目的でベランダ内に侵入し,同下着4点を窃取
 ② 同上
 ③ 正当な理由なくベランダに侵入

・量刑の理由
 財産的被害は合計約4500円と多額とまではいえないものの,特に2度にわたって自宅のベランダに侵入された被害者の住居の平穏を害した程度は大きい

 下着を盗まれた被害者らの嫌悪感,恐怖心等も軽視できない

 自身の性的要求を優先させた身勝手で軽率な経緯動機は強い非難に値する

 被告人が合計200万円を支払って被害者らとの間で示談が成立している

 被告人が本件各犯行を認めた上で被害者、家族らに謝罪の言葉を述べて反省の態度を示している

 被告人に前科前歴がない

 被告人の同居の父親が被告人の今後の支援監督を誓約している

 被告人が本件を受けて職を辞することになり,一定の社会的制裁を受けている

新聞を読もう

 少し前に,日鉄がUSスチールを買収して,完全子会社化することが決まりました.
 それに関する新聞記事を読んだ際,「新聞を読もう」と改めて思ったところです.

 その理由は何か?

 それは,私が大変お世話になった方の言葉を借りていえば,新聞を読むことで,「国に騙されないため」です.
 例えば,今のアメリカと,アメリカ大統領のドナルド・トランプ氏の言動等を見るとよくわかると思います.

 彼が大統領として選出された際,アメリカの世論は二分され,彼を支持する方々は彼が大統領になればすぐに生活が良くなると信じてやまなかったとの記事に接したことがあります.
 特に,X(旧ツイッター)に投稿して表明された意見等を鵜呑みにして,その真偽を確かめることもなく,多くのアメリカ国民が彼に期待を抱いたようです.
 その結果,ドナルド・トランプ氏は,大統領となった以上,できる限り早期に成果を上げる必要に迫られているはずで,そうすると,国民としては,彼が主張する成果がフェイクではないかどうかに関心を寄せる必要があります.

 その一つに,彼の行うこととして,高関税措置があります.
 アメリカ国民は,これにより,アメリカ国内に製造業が回帰されると期待しているはずですし,このことは,彼が掲げるMAGAの内容に含まれているはずです.

 確かに,彼の行う高関税措置は,一見すれば,外国の資本も含めて,国内に事業を回帰させる方法といえそうですが,実際には,すでに世界中に構築されたサプライチェーンを捨ててまでそうすることが現実的かどうかは考える必要があるようです.
 そのため,理論的には,アメリカ国内に工場を移すことは,可能であったとしても,そのために気の遠くなるほどの時間を要するとともに,かつ,それが実現されるかもわからないとしかいえないはずです.
 ある新聞記事では,アップルの製造するiPhoneは,上記のことが当てはまるそうで,現在,中国を中心としたアジア圏でその部品の製造及び組み立てがされているそうです.容易にアメリカ国内に回帰できる状況ではありません.
 しかも,それをアメリカで組み立てようとすれば,人件費の高さからiPhoneが1台,50万円を超えることになるとも新聞記事は報じていました.
 アップルの選択肢として現実的とは思えません.
 高関税措置が製造業をアメリカに回帰させる方法として妥当と言えるかは怪しいということです.

 また,彼が,鉄鋼に高い関税をかけたことにより,日鉄がアメリカに進出することにより事業の拡大を図る(アメリカの鉄鋼ではなく日本の鉄鋼がアメリカ市場に出回る)のではなく,USスチールの買収に至った(アメリカの鉄鋼業に外国の企業が出資して,アメリカの鉄鋼が世界に出回ることになる)と言い出せば,おそらく多くのアメリカ国民(のうちの彼を支持する人々)は,そのように信じてしまうだろうと思います.

 しかし,実際は,日鉄によるUSスチールの買収も,彼が大統領となるよりも前(バイデン前大統領の頃)から提案・交渉がなされていたのであって,彼が鉄鋼に関税をかけたからではありません.彼がそのようなことを言えば,事実に基づいて,
 「あー,また言ってる」
ぐらいの感覚をもたなければ,国に騙されてしまうということです.
 また,日鉄自身も,市場の拡大を目指した場合,アメリカでの生産を行うことが合理的であることを,前々から考えていたため,USスチールの買収に着手したということがそもそもの理由だったようです.
 騙されてはいけません.

 そこで,「新聞を読もう」ということなんです.
 新聞を読めば,そのような事実関係を踏まえた記事が掲載されている場合が多くありますし,少なくとも,権力者の発言等に騙されないだけの知識を得ることは可能となるはずです.
 以上のべた内容は,新聞からの情報をもとに記載しています.

 もちろん,ネットで流れてくる情報からも同じような知識を得ることはできると思いますが,私が見た限りでは,主要な出来事については,新聞の情報量とそれほど大差ないように思います.
 職業柄,とあるメールニュースを受信し,法律や裁判に関連する記事を閲覧できるように設定していますが,実際に,そこから得られる情報の大半は,今朝の新聞記事に含まれているものがほとんどです.

 また,情報から得られる出来事の分かりやすさとその信用性(そこに含まれる事実の真偽や正確性を基礎付ける理由等)は,トレードオフの関係にあると思われますが,ネットの情報の多くは前者(のみならず興味関心をそそる表現)に力点が置かれ,後者について,かなりの部分を犠牲にしているように思います.
 その点では,ファクトチェック自体も紙面で行うことが多くある新聞の方が,一見してすぐに理解できるということはないとしても,信用性については期待しても良いように思います.

 新聞について,オールドメディアと呼ばれるようになって久しいところですが,紙面自体のネットでの配信が行われるものもあるようです.
 「ネットとテレビで十分」と思わずに,新聞も読んだ上で,情報の取捨選択を行う習慣をつける必要があるように思います.
 少なくとも,日本人が,アメリカ国民と同じような選択(トランプ氏を大統領としたこと)をしないためには,重要ではないでしょうか.

「性」+「事業」=「不健全」?

 昨日(2025年6月16日),最高裁判決が出され,無店舗型性風俗特殊営業を営む事業者に対するコロナ禍における持続化給付金を給付しないという国の決定が肯定されました.

 結論に対して反対であることは当然として,判決の中の多数意見(裁判官と検察官出身の裁判官4名)が,国の主張した「その健全化を観念することができ」ないという考え方を肯定したことに違和感を覚えます.

 性欲は,食欲,睡眠欲と並んで人間の本能に基づく生理的な欲求で,食欲と睡眠に関してはこのようなことを言われることはないのに,性欲だけは,常に,不健全というレッテルが貼られてしまいますし,偏見の目で見られることも当然とされています.
 自分の体のことであり,誰にとっても共通のことであるにも関わらずです.

 もちろん,性的な行為が公に行われるべきではないというのは「わいせつ」という観念の存在からも否定はしませんが,性的な行為そのものを「不健全」とするだけの直接的な理由にはならないはずです.
 食事をとる場合に,飲食すべきでない場所や場面があるのと同じ程度のことであって,その行為そのものが「不健全」とされないことと同じではないでしょうか.
 つまり,性的な搾取や虐待であったり,暴力・脅迫を伴う場合,又は,生殖行為である以上,子が誕生した場合にその養育に対する責任を負わなければならないのにそれを放棄するということなどが問題であって,性そのものがストレートに「不健全」という評価に結びつくものではないはずです.

 あるいは,性的な行為が,違法薬物と同様に中毒や依存を引き起こし,さらに国民的な勤労意欲の低下を招くという考えがあると聞いたことはありませんし,そのような事実もないと思います.そのような意味での「不健全」さも肯定し得ません.

 この点で,社会的な責任を伴わない未成年者の性交渉等は問題であるとしても,それについては,教育により対処すべきことであって,「不健全」だからと蓋をしてしまって大人になるまで目につかないようにすれば良いということではありません.
 未成年者が人として成長して大人となる以上,性について教育をしないことが正当化されないはずですし,そうであれば,性そのものを不健全評価すべきことにはなりません.

 ここまで述べましたが,ひとつ注意が必要です.
 それは,判決のいう不健全というのは,おそらく,性的な行為がサービスとして提供され,それが事業化されることを指して「不健全」ということを言っていることについてです.
 では,そのことについてどう考えるか.

 判決のいう不健全という考え方が,そのことを前提とするのであれば,飲食業や食料品の提供という食欲を満たす事業も不健全とならないのでしょうか?
 例えば,食料を得るのは基本的に自己責任であり(私はそう考えています),生きるために,食べるために家畜を殺すこと,漁をすることが容認されるとしても,他人にそれを行わせることは,不健全とはならないのでしょうか?
 動物の虐待は法律でも禁止されていますよね.
 食料の調達を自己の責任で行えというのは合理的でない以上,特定の業者によりこれを行わせ,後は,加工食品として消費者が購入できるようにすることは不健全とはならないというロジックなんでしょうか?

 それと同じように,性的欲望を満足することは,基本的に自己責任(生物としての自然発生的な求愛行動)により行うべきであるとしても,一定の場合には,それを満たすためのサービスを求め,それを提供することにより対価を受けるという関係性を認めることは許容し得ないものではないと思われます.

 その場合に,判決がいうように,この事業は「事業者が,その派遣する接客従業者をして,不特定の者の性的欲望を満足させるために身体的な接触を伴う役務を提供させ,その対価を受ける点に特徴がある。」のである以上,むしろ,それを行うにあたって,性的な搾取や暴力性などの危険性を取り去るという意味での健全化が図られるべきであって,どちらかというと,その点の国の不作為が問われるべきではないかとすら思います.
 法律のもとで事業として認め,納税の義務を課す以上は,そのような制度の整備をする必要は否定されないはずです.そこで働く人にも,パワハラやカスハラを受忍すべき義務はありませんし,当然,意に反した行為を強要されて良いことにはなりません.

 判決の補足意見が述べる「本件特殊営業は、顧客の性的欲望を満足させるための上記役務の提供を行うものであることのほか、接客従業者が顧客の指定する場所に出向いて上記役務を提供するという業務態様であることから、接客従業者において、事業者から切り離された場所で顧客から不意に意に反する身体的な接触等を求められる場合もあるものと考えられ、そのような場合を始めとして接客従業者の尊厳を害する事態が生じ得ることを否定することはできないのであって、本件特殊営業が事業内容としてそのような一面を有するものであることは無視し得ない。」のであればなおさらそうではないでしょうか.

 いずれにしても「不健全」というのは理由にならず,他の事業者と同じように,給付がされるべきだと強く思います.

「カスハラ」について思うこと

 職場でカスハラ対応を義務付ける改正法が成立しました。
 事業者に対し,従業員を保護すべき義務を課すこと自体は歓迎しますが,カスハラに対して,特別な立法をしければならない社会について,ややモヤモヤしたものを感じてしまいます。

 カスハラとは,顧客等(取引先の関係者を含む)の言動で,その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通上許容される範囲を超えたものにより就業環境が害されることと定義されています。具体例としては,土下座の強要などが挙げられています。

 ところで,労働基準監督署に勤務していた時,申告処理業務というものがありました。これについて誤解を恐れず言えば,その本質はクレーム対応ともいえるもので,相談者や会社の方から怒鳴りつけられるなど,ここでいうカスハラに当たるようなことは比較的しばしば経験したものです。
 だからというわけではありませんが,「うまくやってね」「我慢してね」と担当者個人にこれを押し付けて,その責任と犠牲でこれに対処させるのではなく,会社として,組織として,従業員をカスハラから守ることを義務づけたことについては大いに賛成します。

 ところで,一般的に,ハラスメントの発生する原因は優越的関係にあると考えられています。
 職場で起こるパワハラは,力関係の不対等な場面(上司と部下など)で生じることがよく知られていますし,あるいは,スポーツの世界で生じるパワハラについても,指導者と選手という立場がこれに当てはまることは明らかです。

 そうすると,カスハラは,顧客等から従業員に対する言動として定義されていることから分かるように,顧客の方が優越的な立場にあるということが前提にされているといえます。

 私の場合,ここにとてもモヤモヤしたものを感じます。
 要するに「客は神様か?」ということです。

 弁護士になるために司法試験の勉強をしていた頃,新聞配達をしていました(私にとっては,大学時代のアルバイト以来の民間勤務でした。)。
 その販売店の従業員の中には,客(購読者)に対して,かなり謙った態度で接することが見てとれる方がいました。
 そして,その様子は,「丁寧な客対応」の延長にあるというよりも,自分たちが顧客よりも劣った立場にあるともいえそうな雰囲気すら感じさせることがありました。

 しかし,それ以外の従業員や,販売店の所長と関わる中で,彼らは,「誰も新聞を販売してくれない」「配達してくれない」ということになれば,新聞を読むことはできなくなる,そのような立場で新聞を販売しているという考え方を有していることに触れる機会があり,毎日の新聞配達を行う中で,とても共感を覚えてました。

 もちろん,他の販売店と契約する,コンビニで購入するということで新聞を読むことができるというのはそうかもしれませんが,それらも拒まれた時,どうしたら良いでしょうか。例えとして極端すぎますが,単純に,販売・配達してくれる方(売主)がいなければ,それを購読することができないというのは何も特別な結果ではないはずです。

 他にも,新聞に限らず,小売店や飲食店の店舗への出入りが禁止となることは,特定の方に限られたことではありません。カスハラに及べば,当然,そのような対応をされることはこれまでにもあったはずです。
 そこには,客も従業員も,経済活動というフィールドにおいては対等な立場であって,金銭を支払うことと,商品・サービスを提供するという双方の約束により形成される対等な関係によりこれらが成り立っているという考えがあるはずです。

 つまり,そこには優越的な関係は,本来,存在しないはずです。

 このような認識を国民(従業員と顧客等の双方)が有していれば,カスハラのようなことには至らないはずですが,もちろん,客がいなければ商売は成り立ちません。
 私だってそうです。
 現実はそんなにうまくいかないことは知っていますし,難しい依頼者の対応もしなければならないときもあります。
 しかし,つい先日,電話口で「お前バカか」といわれましたが,その方に尋ねるとそれでも「相談をお願いしたい」というため,丁重にお断りしたことがありました。
 このような対応ができるのは「弁護士だから特別だ」と誤解されてしまうと残念ですが,少なくとも,客は神様ではないはずです。

 この国(諸外国でもそうかもしれません)では,客が優越的な地位にあるという暗黙の了解が根底にあるのだろうと思います。昔の歌謡曲にそんな歌詞があったように記憶しています。
 そして,立法がされなければそのような関係が理不尽であるということについてすら考えが及ばないほど,そのことが当然とされているのではないだろうかと思うと,やはり,モヤモヤしたものを感じてなりません。