イランに行きたい

 今月は連休中も毎週の土日も,完全に休めていません(だからといって,儲かってはいません(涙)).
 昨日の土曜日は,結局終日仕事をして,今日(5月17日)も,7時前から14時まで仕事をして,ようやく解放されました.本当に,精神的にアップアップです.
 その後,自宅の玄関横の縁台の上で,雲ひとつない青い空を見上げながら,ビール片手に思ったこと,それは,

「イランへ行きたい」

です.

 ただ,実際は,私は根っからの気弱で,弱虫で,臆病で,気が小さく,痛い,苦しい,怖いは極めて苦手で,英語(俗語)で言えば「chicken(チキン)」 なやつです.
 そんな奴が,現時点でイランへの渡航実現に向けた行動をとるかというと,現実の生活を理由に「無理だよね,しょうがないよね」と言い訳をして,それを実現しようとすることは,まぁ,間違いなくしないと思います.

 でも,イランに行きたいと思った理由は,イランに入国して,次のこと訴えたいと思ったからです.

<イラン入りして訴えたいこと>
・私は日米同盟の同盟国の日本の国民である

・私は世界で唯一の被爆国である日本の国民である

・アメリカは,直ちに,同盟国の国民が入国したイランへの攻撃を全面的に停止しろ

・イランは,核兵器の開発と誤解されるウランの濃縮について,それが核兵器の開発ではなく発電等の平和利用であったとしても,核廃棄物の処理ができない以上,中止して核融合の開発に協力しよう(唯一の被爆国の国民の発言は重いはずだ)

・日本の総理大臣である高市さんは,直ちに,ドラムセット(又はキーボード)とバイク(及びツナギ)を用意してイランに入国しよう(韓国の大統領を誘えればなお良し👍)

・高市さんは,イランのステージにツナギ姿のバイクで乗り付け,ヘルメットを外して,ドラム(又はキーボード)を演奏しよう

・高市さんは,上記のことをアメリカとイランのみならず世界に向けて発信すべきだ

 もし,私が本当にこのような行動を起こし,それが高市さんの目に留まったことで,高市さんが,

・アメリカもイランも(石油の価格が高騰すると世界中が混乱するという理由だけではなく,根本的な人類の有する普遍的な価値という意味で)武力による解決はやめましょう

・イランが機雷をホルムズ海峡に設置したのは知っているから,それを除去するために日本の自衛隊を派遣します.だって,日本の自衛隊の機雷除去能力って,優秀なんですよ(そのためにも憲法9条の制約がされないように,アメリカもイランも攻撃は一切やめてください)

などと述べて,イランに入国し,カメラの前でドラム(キーボード)を演奏したら,まさに「神」ではないでしょうか?

 アメリカだって,(故安倍さんと仲良くしていたはずの)イランだって,武器を置いて話を聞くと思いますが,どうでしょうか?

 なんで唐突に,しかも仕事で休日も確保できないような時にこんなことを書いたかというと,書かずにいられなかったからです.
 ビールと雲ひとつない青空がそうさせたからです.
 私が敬愛する鷺沢萠さんも,なぜ小説等の文章を書くかという問いに対して,書かないと爆発しそうだから,というようなことを言っていました.

 憲法改正,武器の輸出,そんなことが政治の世界で当たり前のように語られる中で,憲法を改正するまでもなく,まずは,楽器を持って,戦地に赴き,カメラの前でギターをかき鳴らす,そのようなことが必要なんだろうと世界に訴えたいと思った次第です.

 そして,高市さんだけでなく,各党の党首(あるいは元党首)は,楽器を携えてイラン入りして,平和を訴えませんか?
 猪木さんが存命だったら,やったんじゃないかな?
 少なくとも皆さんは,私よりも度胸があるはずですし,地位もあるため,そのようなことを行うことが可能な立場にいますよね.
 そんなことをやってのける政治家が現れることを期待します.

皇室についての議論

 もし,何らかの事情であなたが病院へ搬入され,その治療をどうするかなど,その後のことについて,医者,看護師,市役所の職員,自治会の役員が話し合って決めることとなり,あなたは当然のこと,その家族すら会議に参加できないとしたらどう思うでしょうか.

 ちょっと仰々しく言いましたけど,「自分」のことなのに,自分以外の他人で話し合いをして「自分のこと」を決めてしまうというのは,素朴におかしいと思いますよね.

 最近,皇室の存続のために皇族の在り方を各政党が議論していますが,そこには,皇族あるいは元皇族の方は誰ひとりいませんし,皇族が自ら意見を申し出ることができるプロセスは用意されていません.

 自分が病院へ搬送された場合と比較すると,やはり,おかしいですよね.

 ただ,これには理由があって,憲法上,天皇が政治的行為をしてはならないし,政治も天皇を政治的に利用してはならないことになっているからです.

 例えば,現在の天皇が「〇〇党の案を希望します」などと言った場合,天皇がその政党を支持するかのような印象を国民に与えてしまいますよね.それがまずいことはわかりますよね.
 逆の場合,例えば,どこかの政党が天皇をそそのかして,このようなことを言わせる,さらには,自分たちの政策について賛成の意思を表示させようものなら,この国は,天皇の国になってしまいます.

 ですから,天皇や皇族は政治に関わらないというのが絶対です.
 しかし,それでもやはり,議論のあり方が不自然だというのは忘れてはならないと思います.

 実際,この国では,自らのことなのに,それを「有識者」「専門家」という肩書きの方々だけで決めてしまうことが制度として存在します.

 例えば,精神障害を理由に病院への入院が強制的に決められるときに,本人がその意見を述べることは事実上可能ではありますが,当事者団体の関係者は,その中に含まれません.
 つまり,「有識者」「専門家」は医療関係者,司法関係者,行政職員でしか構成されず,精神障害の当事者が作る団体から,その制度における「当事者」という立場で意見を出す制度は作られていません.

 専門家である医者であっても,自分がその病や怪我を経験したわけではなく,当事者の症状を間接的に学ぶことで専門家を名乗っているだけでしかありません.
 本人と同じ状況に置かれたことはないはずなのに,その本人たちの意見を述べる制度になっていません.

 皇族について検討するための会議が国会議員などだけで行われていることは,憲法上の理由からではありますが,そうではない場面でも,この国は,当事者以外の者で,当事者の今後を決めてしまうということが行われています.

 そうであれば,皇族についての会議においても,憲法上の理由があるからと当然だと思うことなく,素朴に「おかしい」ということを自覚しながら,政治的な偏向性が反映されることなく,慎重に検討されるべきではないだろうかと思います.

精神論は危うい

 私自身,実質的な理由なく,些細なことにこだわることが多くありますが,それが自分の負担や不利益になるだけであれば良いとしても,これが他の方に影響が及ぶ時は,当然ながら自制します.

 高市さんが進めようとする憲法改正について,その理由を辿れば,精神論にしか結びつかず,それが何を意味するのか十分に説明がされていないように思われ,非常に,危ういものと感じています.

 例えば,私は読点として「,」を使って文章を作成しますが,多くの方は「、」を使うものと思われます.
 他の弁護士と一緒に仕事をして,共同で書類を作成する時に,どちらに統一するかという問題に直面しますが,私としては,結論はどちらでも良いので,そこで不要な争いをする気はありません.
 「,」と「、」のどっちを使ってもそれによる効果であったり,何か機能が損なわれることがないからです.
 にもかかわらず,それを争うことで,理由なく不毛な時間を使うことはしません.
 私が普段から「,」を使う一応の理由はありますが,自分の用法を(絶対的に)正当化するだけの理由ではありませんし,むしろ,精神論のようなこだわりにしかすぎません.それを理由に,「,」を他者に押し付けることはしません.

 けれど,例えば,他の方が,次のような一文を作成したときは,間違いなく修正するよう求めます.それはなぜか?

「私は,泣きながら踊る彼女を見た」

 理由は,一義的ではなく,誤解を与える可能性があるからです.
 これを読んだ方は,「私」が泣いていると認識する場合もあれば,「彼女」が泣いていると認識する場合もあるはずです.
 この文章によって,読み手に伝わる事実が私が伝えようとする事実と異なって認識される,あるいは伝わらないということになれば,文章の有する意思や事実を伝えるという機能と,読み手が文章を読んでこれを認識するという効果が損なわれてしまいます.
 仕事柄,あえて,依頼者に不利益な事実関係を曖昧にすることはあるとしても,言葉,文章というものが意思や事実を伝達するための道具である以上,その機能,効果が損なわれ,更には,裁判で不利な判断をされてしまうことは絶対的に避けようとします.

 高市さんは,「時はきた」という,やや勇ましくも聞こえる言葉で憲法改正への意欲を示し,党内のみならず,国民を囃し立てています.
 しかし,その理由というのは「押し付け憲法論」であったり,「日本のこころ」であったり,あまりにも抽象的な精神論ばかりです.
 今の憲法の有する機能や効果をどのように認識するのか,更には,それを改正する理由として,どのような機能や効果を新たに求めるのか,そのためにそのような改正を必要とするのか,実質的な理由がほとんど見えてきません.

 憲法は,権力を縛るものです.
 ホルムズ海峡に自衛隊を派遣せずに済んだ(政府がそうできなかった)のは,憲法(9条)が,そのような判断を政治家・権力者に制限するという機能を有することと,それによる効果の現れです.
 トランプさんの要求に応じて,機雷のある,更にはミサイルも飛んでくるであろう海域に自衛隊を派遣できるようにするために憲法を改正するというのであれば,国民に対し,正面からそのように説明して,信を問うべきでしょう.
 例えていえば,アメリカとの関係で,イスラエルのような国家を目指そうとするのであれば,そう説明すべきでしょう.

 さらに,自衛隊を憲法に明記する理由も,自衛隊の(国民の?)「誇り」を守るというもののようです.憲法に自衛隊を規定することで,自衛隊が出来ること,出来ないことにどのような変化が生じるのか,あるいは,どうしてそのような改正を必要とするのか理由は明らかではありません.
 そのような改正を行うことで,集団的自衛権の行使を可能にして,他国の戦争に加担するために,派遣された自衛隊員に対し,誇りを持って任務を遂行せよと命じるためなんでしょうか.
 すでに安保法制により存立危機事態となれば集団的自衛権が行使できるだけの法整備はされているはずですので,そのために憲法を改正する必要はないはずです.
 そうだとすれば,やはり,精神論ですよね.

 特に,高市さんは,憲法の全文にある平和主義を規定した箇所を指して「非常におめでたい一文」と述べたことがあるようですが,あまりにも,精神論的な短絡的発想だと私は思います.
 憲法前文が平和主義を基本的な原則として掲げ,その理念のもとで,日本が国際社会の安全・安定のためにどのような役割を果たすべきかと考えた時,これが自衛権の放棄を意味するかのような解釈(非常におめでたい一文)にしか繋がらないというのは,現在の憲法に対する理解の乏しさを疑わざるを得ません.

 私自身,憲法前文の平和主義や9条について,日本が丸腰になることを意味するものとは考えていませんし,国の自衛権は認められるという理解もあり,最高裁において,自衛隊が違憲であるとの解釈は示されていません(反対に,合憲との判断も示していません.).
 防衛予算が膨らむことは,本来的に歓迎はしないとしても,昨今の世界情勢を見れば,全く反対するつもりはありません.現実的な対応は当然求められます.「核」の保有等についても,議論自体を不要とは考えません.必要ならば議論はすべきです.

 高市さん自身が,今行おうとする憲法改正により,何がどのように変わるのかについて,今一度,憲法についてよく理解して,これに臨むべきではないでしょうか.
 「こころ」などの精神論を改正の理由に掲げ,SNSを駆使して国民投票の結果を誘導するようなことを考えているのであれば,あまりにも,首相としてノリが軽すぎます.イタリアの首相を見習うべきように思います.