自分の身に置き換えて考えること

 昨日は,成人の日でした.
 第一子が,昨年20歳となり,参加資格があったようですが,仕事のため,成人式には参加していないとのことでした.
 私も,自分の参加資格のあった成人式の日は,東京の焼き鳥屋でバイトをしていたため成人式には参加していませんが,18歳を成人(民法等)としながら,20歳で成人式というのは,いまだによくわかりません.

 それは良いとして,スーツ姿の方も多かったように思いますが,普段身につけることのない,日本の伝統ある羽織袴や着物姿の青年たちも同様に多かったと思いますが,これを見て

「全国的な民族衣装のコスプレ大会」

 と言う方はまずないと思います.
 仮に,海外の方がそのように言ったとすれば,この国の伝統や文化というものにさして深い思い入れのない私であっても,あまり良い気にはならないと思います.

 10年ほど前に,とある政治家が,ジュネーブで開かれた国連女性差別撤廃委員会の会合に参加し,同じように参加していたアイヌ民族の衣装を着た方,韓国のチマチョゴリを着た方をさして,SNS「チマチョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさんまで登場。完全に品格に問題があります」とに投稿したことがありました.
 のちに,その政治家は,法務省(法務局)から人権侵犯と認定されたようですが,その認定の意味について,私自身,当事者ではありませんが,肌感覚で理解することができたように思います.

 成人式の様子を見ながら,ぼんやりとそんなことを考えたところです.
 自分の身に置き換えて考えるって大事ですね.

「微妙なズレ」

 プロフィール(オモテ)に「影響を受けた人」として松岡充氏を挙げています.
 何か狙ったわけではありませんが,意外に,男性の方(業者さんなど)から,このことを(好意的な)話題にされたことが数回あります.

 彼がボーカルを務めるバンド(SOPHIA)の歌に出会ったのはまもなく22歳になろうかという時で,福岡から東京に向かう飛行機の中でした.
 親族に不幸ごとがあり,東京から福岡に帰省し,お見舞い,通夜,葬儀への参加をこなし,それらを終えたのちに,頭にモヤがかかったような不安定な精神状態のまま飛行機に乗って,大学及び下宿先のある東京に戻るところでした.
 その時に,プラスチック製の聴診器のようなイヤホンを耳につけ,やることもなく機内で放送される音楽を聴いていた時に,ふっと耳に入ってきたのが彼らの曲でした.その時からその絶妙な世界観にハマってしまいました.

 その絶妙な世界観というのは,一言でいえば,絶妙な「ズレ」です.
 そのように感じるのは私だけでなく,とある新書(アーティストを研究して論評していたものだったと思います)でも触れていたのが,やはり,彼の「ズレ」が良いということでした.その本では,世の中に対して斜に構えたようなものとも評していたと記憶しています.

 実際,彼らの歌詞を見れば,例えば,「両耳にピアスだらけ でもベロには開けない 痛いから」(黒いブーツ)だったり,「危ない薬もケンカもしたことない」(ビューティフル)というような,ロックミュージシャンのイメージからはちょっと想像しえない,むしろ対極にあるような,でも「実際そうだよね」と思えるような言葉をよく見かけます.
 そのような歌詞を,ポップなメロディーに乗せて,サラッと歌うところにすごく惹かれたものでした(もちろん,それだけではありませんが.).

 ところで,私の感覚・感性も,多くの方からすれば,ちょっとズレたところがあり,とある飲み会の席で,車中泊に適した乗用車の話題になった際,私が,

「去年購入したエブリイは荷台がフラットになって寝心地がいいですよ.
 今年(2025年)の4月,私,救急搬送されたんですが,脳に異常がなかったため,1日の入院で自宅に返されて,その時も,めまいはひどかったんですが,エブリイの荷台で仰向けに大の字になって病院から自宅まで帰ることができました.
 救急車よりも快適でしたね」

と言って,Suzukiのエブリイの寝心地の良さを力説したところ,同席した同業者の先生は目を丸くして「先生,救急搬送されたんですか?」と驚かれ,それ以降,車中泊の話題は吹っ飛んでしまいました.

 私としては,脳に異常がなく,すでに耳鼻科でめまいの治療を受け,問題なく日常生活を送っていたため,救急車で搬送されたことの重要性はそれほど高くなかったのですが,確かに,考えてみれば,客観的には「いやいやそんなことより,先生,大丈夫なんですか?体大事にしてください」となるのが当然といえば当然ですね.

 私の場合,多分,こういうところ(話の中で力点を置く部分や視点を当てるべきところい)がちょっとズレていることがあるんだと思います.

 私の感覚・感性では,松岡充氏のような絶妙な世界観を築くまでには至ることはないと思いますし,また,そのことについて好意的な見方をしてもらえる場合ばかりではないと思いますが,職業的な立場・役割もありますし,今更,この歳になって感覚・感性に矯正が効くものでもありませんので,「絶妙」には至らなくとも「微妙」にズレた感覚・感性を研ぎ澄まして,少し斜め上を目指して歩いていければと思っています.

 最後までご覧くださりありがとうございました.
 今年も,どうぞよろしくお願いします.